母の緊急入院から、介護が始まるまでの話

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ある日曜の夜、母が洗面台で大量喀血。救急車を呼ぶべきか迷い、#7119に電話した私。緊急手術、4か月の入院——そして退院後に、父の認知症と合わせて両親の介護が同時に始まりました。

🌙いつもの日曜の夜に、突然

! 大量喀血 発見した私

水を流しっぱなしにしている音に、違和感を覚えた

いつもの日曜の夜でした。お風呂に入ろうと洗面所に向かった母。しばらくして、手洗いの水を流しっぱなしにしている音が聞こえてきました。

なんとなく違和感を覚えて確認しに行くと——洗面台に大量の喀血をして、咳き込んでいる母がいました。

以前から肺の病気があり、喀血することは過去にもありました。でも今回は明らかに違う。「大量」と言っていいほどの量でした。

💡 救急車を呼ぶか迷ったとき——#7119を知っていますか?
救急車を呼ぶべきか判断に迷ったとき、救急安心センター「#7119」に電話すると、看護師や医師が状況を聞いて判断してくれます。私もこのとき初めて使いました。電話口で状況を伝えると「すぐに救急車を呼んでください」とのことで、そのまま119に繋いでいただきました。

🏥緊急手術、そして4か月の入院へ

最初の2か月 持病の治療(寝たきり) 後の2か月 リハビリ病院 合計4か月の入院 入院 退院

4か月という長い入院期間——前半は治療、後半はリハビリでした

救急車で病院に運ばれ、診察のあと緊急手術、そのまま入院という流れでした。ドクターから怖いことをいくつも告げられ、頭が真っ白になったのを覚えています。

それでも、一命はとりとめてくれました。あとは本人の体力と生きる気次第——ずっとそう思いながら、祈っていました。

幸い、持病の悪化は止まり、回復に向かってくれました。でもベッドでの生活が続いたことで、体力も筋力もどんどん落ちていきました。

最初の2か月は完全に寝たきりで、みるみるやせ細っていく母を見ているのが、本当につらかった。ベッドから頭を自分で起こすこともままならない状態でした。

持病が落ち着いたところでリハビリテーション病院へ転院。しかし転院の時点で、「一人で普段の生活ができるまでには回復できない」と最初から伝えられていました。

2か月のリハビリを経て、支えてあげれば歩ける程度にまでは回復。ただしトイレやお風呂は自力では難しい状態のままでした。

🏠退院後、どうするか——頭を抱えた日々

いうなりさん お母さん 退院後 どうしたものか…

退院日程が近づくにつれ、準備と不安が同時に押し寄せてきた

退院の日程がざっくり決まってきたころ、さてどうしたものかと頭を抱えました。

退院前の準備
父の介護でお世話になっていたケアマネジャーさんに相談。福祉用具の手配など、受け入れ準備を事前に進めました。
心の準備
ある程度は覚悟していたつもり。でも実際に介護が始まると、想像以上のことばかりでした。
そして
父の認知症もすでに進んでいた状態で、ここから両親同時の介護生活が始まりました。

「急に両親の介護を一度に…か」——あの瞬間の気持ちは、今でも忘れません。

🍃

準備しても、やっぱり大変だった

事前に準備できたこと、ケアマネジャーさんに相談できたことは本当によかったと思っています。

でも、どれだけ準備しても、実際に始まってみると予想外のことだらけでした。
そのリアルな話も、このサイトで少しずつ書いていきます。

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